桃が旬を迎える7月下旬。
井上誠耕園の新たな取り組み「ジャパン・グッドファーム・ネットワーク」の商品として販売するジャムやコンフィに使用する、山梨県産桃を作っている桃農家さんのもとへ取材に伺いました。そのうちの一軒、大輪園の花輪さん一家にお話を聞きました。
樹一本一本と会話するように
南アルプス市の十五所(じゅうごしょ)という場所で、家族で農園を営む花輪さん一家。甲府よりも西に位置するこの場所は、土はやせていますが、石が多くて水はけがよく、糖度の高い甘い桃が育ちます。雨は少なく日照時間が長く、台風などの災害も少ない、果物栽培に恵まれた十五所。
15時ころ、花輪さんの畑に着くと地面には一面に銀色のシート(マルチ)が敷かれており「畑が明るい」というのが第一印象です。実はこのシート、太陽を反射させて桃に光を当てるための反射板だそうで、桃は陽にいっぱい当たることで色づきが進み、甘くなります。
きれいに整えられた畑には澄み切ったやわらかい空気が流れ、桃の甘い香りが漂っています。桃から放たれる天然の香りはまさに自然がくれる幸せの香り。大事に育てられた分応えてくれているような優しいいい匂いに、生産者さんの人柄まで現れているようです。
遅れて到着したお父さん・俊秀さんは笑顔が素敵で畑の中で一番絵になる明るい太陽のような人。「みんな吉永小百合みたいに写真映してくれるんかい?」と第一声で畑の空気が一気に明るくなります。
「畑にやる肥料は人間にとってリポビタンDみたいなもん。天気見て、畑見て、樹を見て、もうちょっといるかなとか、手をかけてやることで元気になる」と、畑をみつめながらつぶやきます。
「同じ年に同じように植えた苗も、木ごとに全然実成りが違う。100m速く走れる子と200m速く走れる子がいるように、木によって違う。ほっといても良く育つ木もあればちょっと手をかけてやらんといかん木もある」と樹と対話するかのようにやさしく見守るまなざしから、桃を我が子のように思いやっている心が感じ取れます。
過酷な環境がおいしい果実を育てる
花輪さんの畑がある十五所は扇状地であり、砂壌土といって石が多くて水はけがよい地域。「ここの桃はね、味が濃いんですよ。土が良すぎてもだめなんです」とお母さんの静子さん。桃にとって過酷な環境こそが甘みのギュッと詰まった美味しい桃を育てます。
「今年は玉のなりは少ないけど、玉はれ(大きさ)はいい。これはおろぬき(摘果)が大事。一枝に一個なるくらいに、10個から5個におろぬいて、もう一月したら3個までおろぬく。陽がたくさん当たって大きくなるんです。」と呟く俊秀さん。数よりも品質を大切に、10個なっても残すのはたった3個という摘果作業。さらに過熟になると自然に落ちてしまう実もある厳しい農業の世界ですが、残した果実を精一杯大切にしようと願う俊秀さんの想いが伝わってきます。
大切な思い出を胸に。脈々と受け継がれる農業の血。
代々農家だという花輪家。お父さんの俊秀さんは8代目です。実は俊秀さん、家業の農家を継ぐ前は宝石でイヤリングや指輪などを作る職人さんだったそう。昔は奥様である静子さんに、色々なアクセサリーを作ってプレゼントしては「これはいい。こっちは嫌って選り好みされたもんだよ」と少し照れくさそうに笑います。今でも静子さんは俊秀さんが作った指輪をはめており、農作業するときは果実も指輪も守るためにクルッと宝石部分の向きを内側に変えて身につけているんだとか。俊秀さんがたくさん作ってプレゼントしたアクセサリーは、今も棚に大切に保管されています。
職人時代を経て農家を継いだ俊秀さん。花輪家では明治時代から養蚕をし、時代の変遷とともに始めた桃栽培は60年に渡ります。成長も早いですが寿命も短い桃は15年ほどで実成りが悪くなってくると植え替え時期です。これまで何度も改植を行い、収穫や傘かけ作業は家族だけではとても間に合わないので、俊秀さんの野球仲間や静子さんの主婦仲間など、たくさんの人に協力してもらいながらこれまで桃を守ってきました。
そして最近では、9代目となる息子の紀里さんが「両親が元気なうちに色々と教わっておきたい」と就農を決意。長年勤めた企業を退職して農家を継ぐこととなりました。「桃は一人ではできんから、家族でどう畑を作っていくか、息子の嫁さんも含めてこれから一緒に話し合って決めていきたい。」と、俊秀さんは紀里さんに期待を込めて呟きます。家族の絆を大切に、長年受け継がれてきた畑と農業への想いは、しっかりと次の世代へと繋がっていきます。
「食ったときにウマい!桃の味がする!そういう桃を作りたい。」
ご自宅で切った桃を出していただき、獲ったばかりの桃を口に入れると、硬さのあるシャキッとした歯ごたえでありながらしっかりと甘さがあって、不思議な感覚に。こんなに硬いのにこんなに甘い、というギャップがとりこになる美味しさでした。
山梨では硬い桃の方が好まれ、「大きくて、硬くて、甘くて、色が濃い」それが最高の桃の姿です。
「食ったときにウマい!桃の味がする!そういう桃を作りたい。」シンプルですが、それが一番難しい桃栽培に情熱を注ぐ俊秀さんは、本当に勉強熱心。桃栽培が一人前にできるようになるまで、どれくらいかかりましたか?という質問には、「幾年育てても、常に新しいやり方や違う方法があるから、一人前というのはない」と一言。家族と地域と仲間を愛し、桃栽培には常に新しいことを取り入れて、美味しい桃のために探求を重ねています。